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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1488号 判決

控訴人 八木沢忠太

被控訴人 浅野ミヨ

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中被控訴人敗訴の部分を除きその余を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は控訴人との間に締結した原判決添付第一目録記載の農地に関する賃貸借契約につき所轄農業委員会に対しその許可申請手続をなすべし。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

〈証拠省略〉

理由

第一、本訴に対する判断。

一、被控訴人が本件農地を所有することは当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、控訴人が本件農地について何等の権原がないのにこれを不法に耕作するものであると主張し、控訴人は右農地を被控訴人から賃借して耕作しているものであると抗争するので、控訴人が本件農地を耕作する権原があるかどうかについて考えてみる

(一)  成立に争いのない甲第一号証、乙第十一号証、原審証人八木沢敏男の証言により成立を認めうる乙第一号証、並びに当審証人八木沢敏男、原審証人浜野清の各証言、原審における被控訴人本人及び原審並びに当審における控訴人本人の各尋問の結果(以上証人及び本人の供述中、後記認定に反する部分は採用しない)と弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は農業を家業としているのであるが、農耕に従事していた被控訴人の娘が他家に嫁し農事に手不足となつたので、被控訴人は暫く本件農地を他に賃貸したいと考え建具職を業とした控訴人にこれを暫定的に賃貸することになり、従つて双方とも所轄農業委員会の許可を受けることについては何等交渉打合せをすることなく、被控訴人は昭和二十八年三月二十五日控訴人に対し右農地を、期限を同年十二月三十一日までとし、賃料を本件農地全部で一ケ年金五万五千円と定めて賃貸し、控訴人は本件農地の引き渡を受け、同年度産米の耕作をしたことが認められる。

従つて右農地について被控訴人と控訴人との共同耕作を目的とした組合契約があつたに過ぎないという被控訴人の主張は理由がない。その他前示認定に反する原審並びに当番における証人八木沢敏男及び控訴人本人の各供述は措信しがたく、他に右認定を覆すに足る確証はない。

(二)  控訴人は、本件農地の賃貸借契約は所轄農業委員会の許可をその効力発生の停止条件としてなされたものであると主張する。

農地法第三条によると、農地の賃貸借契約については所轄農業委員会の許可を要するものであつて、この許可のない限り農地の賃貸借契約は当事者間においては勿論、対外的にも無効であるが、農地の賃貸借について所轄農業委員会の許可を効力発生の停止条件としてあらかじめ賃貸借契約を締結することは、法の禁ずるところではない。

よつて本件農地の賃貸借が農業委員会の許可を効力発生の停止条件とする契約であるかどうかについて考える。

(イ) 本件農地については、被控訴人はこれを控訴人に暫定的に賃貸することとなり、従つて双方とも所轄農業委員会の許可を受けることについては、何等の交渉打合せをしなかつたことは、前段認定のとおりである。

(ロ) 成立に争いのない甲第十号証により認められる「本件農地の公定賃料は反当り一ケ年金六百円であつて、本件賃貸借の約定賃料一ケ年金五万五千円は著しく法定額を超過するものであるから、このような賃貸借契約は農業委員会において許可される見込のない」こと、成立に争いのない甲第九号証により認められる「控訴人は昭和二十八年八月一日矢板町農業委員会に所有地及び耕作地に関する申告をした際、本件農地を借入地として申告せず、また、被控訴人も自作地として申告し貸付地としては申告しなかつた」こと、本件賃貸借の期間が前述のように昭和二十八年三月二十五日から同年十二月三十一日までの短期間であることなどの事実を合せ考えると、本件賃貸借契約においては当初当事者双方とも農業委員会の許可を受ける意思はなかつたものと認めるのが相当である。

(ハ) 以上(イ)及び(ロ)の事実から考えると、本件農地の賃貸借契約の締結にあたつては勿論、その後においても、農業委員会の許可を得ることについての当事者の合意はなく、従つて右賃貸借は所轄農業委員会の許可を効力発生の停止条件とした賃貸借契約でなかつたものと認めるのが相当である。この点に関する乙第十一号証(成立に争いなし。別件における控訴人本人に対する尋問調書)に記載された控訴人本人の供述内容、原審並びに当審における証人八木沢敏男及び控訴人本人の各供述はにわかに措信しがたく、他に前記認定を覆し控訴人の主張を明認するに足る的確な資料はない。

(ニ) 尤も成立に争いのない乙第二号証(昭和二十八年産米穀の政府買入数量指示書)によると、矢板町長高橋保平は昭和二十九年二月二十三日控訴人に対して昭和二十八年産米穀の政府買入数量を四俵と定めて控訴人に通知したこと、成立に争いのない乙第三号証(栃木県知事小平重吉の控訴人に対する警告状)によると、同知事は昭和二十九年三月十日控訴人に対して昭和二十八年産米穀の義務供出の不履行に対して同月三十一日までに義務供出数量を完納しないと食糧緊急措置令によつて強制収用をする旨の警告をしたこと、成立に争いのない乙第四号証、(昭和二十八年度水稲共済掛金払込済証明願)によると、控訴人は昭和二十九年一月八日昭和二十八年度の水稲作付面積七反八畝歩に対する農業共済掛金千五百六十円五十銭を矢板町農業共済組合に払込んだこと、成立に争いのない乙第五号証(昭和二十八年産米供出証明願)によると、控訴人は昭和二十八年産米供出(四俵〇〇一合)を昭和二十九年六月二十一日に完納したことがそれぞれ認められる。然しながらこれらの事実によつて、直ちに本件賃貸借契約が停止条件付であると認めることのできないのは勿論である。

また成立に争いのない甲第十一号証同第十九号証の二、乙第十三号証によると、被控訴人は昭和三十年度において田約一町二反位と畑三反ないし六反を耕作していること、被控訴人方における農事稼動人員は被控訴人を含めて三人であることが認められ、また、成立に争いのない甲第十七号証によると、田植には一反歩の田に一日で苗を植えるには三人の労力を要することが認められるから、被控訴人所有田の田植をするについては被控訴人方の人員だけでは一町余の田を耕作することは容易ではないものと考えられるが、右甲第十七号証、当審証人阿久津晋の証言(第二回)によると、田植には近所の者を頼んで苗植をすることが通例であることが認められるから、被控訴人の耕作面積と稼動人員の関係は前記認定に何等支障を及ぼすものではない。右認定に反する証拠はすべて採用しない。

また成立に争いのない甲第一号証(小作証書)には「供出十五俵のこと」と記載してあり、被控訴人本人も原審における本人尋問において、被控訴人は本件農地の供出米は控訴人が完納する約定であつたと供述している。従つて、もし、本件農地の産米を控訴人の名義で供出するものとすれば、右農地を控訴人が耕作していることを所轄農業委員会において直ちに知り得ることであり、本件賃貸借契約も同時に同委員会の知るところとなるわけであるが、成立に争いのない甲第六号証、第九号証、第十三号証によつて認められるように、控訴人はその所有地及び耕作地の申告をする際、本件農地について借入地として申告せず、被控訴人も自作地として申告したため、所轄農業委員会は本件農地は被控訴人の自作地と認めて被控訴人に対して供出割当をしたところ、後に事実上控訴人が耕作していることが判明したため、控訴人に一部の割当をしたところ、被控訴人はこれに対して異議を述べたことから考えると、控訴人が本件農地の昭和二十八年度の供出米を自ら供出するという趣旨は、必ずしも、控訴人がその名義を以つて供出することを契約したものとは認められないから、前記の事実は本件契約について被控訴人が農業委員会の許可申請手続をする約束であつたとか、右委員会の許可を停止条件とする賃貸借契約であるということを認める根拠とすることはできない。

(三)  以上説明のように、本件農地の賃貸借契約は、控訴人主張のように、所轄農業委員会の許可を効力発生の停止条件としたものではない。そして右賃貸借契約について所轄農業委員会の正式の許可のないことは当事者間に争いがない。(なお控訴人は農業委員会の黙示の許可があつたということを主張するもののようであるが、弁論の全趣旨によつて明かなように、当事者双方から適式な許可申請のなされていない本件の場合において、農業委員会が黙示的に許可を与えたということは考え得られないところである。のみならずかような暗黙の許可があつたことを認めるに足る的確な資料はない)。

従つて本件農地の賃貸借契約については、所轄農業委員会の許可を得ていないから、該契約は農地法第三条の規定によつて、当事者間においては勿論、第三者に対する関係においても、法律上当然に無効である。これに反する控訴人の所論は採用できない。

よつて控訴人は被控訴人との間において、右賃貸借契約に基いて本件農地を適法に使用収益し得べき耕作権を有しないものといわなければならない。

三、しからば弁論の全趣旨に徴して明かなように、控訴人において本件農地につき耕作権の存在を極力主張している現在、被控訴人は控訴人に対する関係において、控訴人が右耕作権を有しないことの確認を求める法律上の利益があるから、該耕作権の不存在確認を求める被控訴人の請求は正当である。

四、控訴人が本件農地を占有していることは、弁論の全趣旨に徴して明かであつて、控訴人が被控訴人に対して右農地を使用収益し得べき耕作権を有しないことは前述のとおりであり、しかも他に右農地の占有を適法ならしむべき権原についての主張立証のない本件においては、控訴人は所有者たる被控訴人に対して本件農地を引き渡す義務がある。従つて被控訴人の該請求もまた正当である。

第二、反訴に対する判断。

一、本件農地について被控訴人と控訴人との間に賃貸借契約が締結されたことは、前述のとおりである。控訴人は、右賃貸借契約について被控訴人において所轄農業委員会に許可を申請する義務があると主張するので、この点について考える。

(一)  農地の賃貸借について農業委員会の許可を効力発生の停止条件としてあらかじめ賃貸借契約を締結した場合においては、賃貸借の当事者は相互に所轄農業委員会に対する農地賃貸借についての許可申請手続をする義務を負担するものと解すべきであるが、本件農地の賃貸借は、前述のような趣旨における停止条件付契約でないことは、前段において説明したとおりであるから、本件賃貸借契約が農業委員会の許可を効力発生の停止条件としたものであるということを前提として、被控訴人に許可申請手続の履践を請求することはできない。(なお控訴人は、右許可申請手続をなすことについて当事者間に合意があつたものの如く主張するが、かような合意のなかつたことは、前段本訴請求の判断(第一、二、(ニ)、(ハ)参照)において説示したとおりである)。

(二)  次に控訴人は、農地の賃貸借契約が締結された場合、当事者はこれを適法ならしめるため、相互に農業委員会に対するその許可申請手続をする当然の義務があると主張する。しかしながら、本件農地の賃貸借は暫定的のものであり、このためその期間も極めて短期間であつて、当初当事者も農業委員会の許可を得る意思もなかつたことは、前段本訴請求の判断において各認定説示したとおりであるから、かような賃貸借について被控訴人が農業委員会に対して許可申請手続をする当然の義務があるものとは解せられない。従つて控訴人がこの点を捉えて被控訴人は農業委員会に対する許可申請手続をなすべき当然の義務があるという主張は採用できない。

二、しからば、被控訴人は本件農地の賃貸借契約について所轄農業委員会に対してその許可申請手続をすることを求める控訴人の反訴請求はいずれの点からみるも失当である。

第三、然らば、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人の反訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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